思い返してみれば,僕がそういった一連のスキルを身につけたのは,高校時代から学部時代の半ばにかけてであったように思う.その過程は,あるいはその過程によって形成された「僕」は,これからの僕の行き方の方向性をほとんど不可逆的に規定してしまった.それを認識した上で,僕はその上に皮をかぶせて,「僕のエイリアス」をつくるずるさを身に着けることに成功した.
成功したと思っていた.いや,僕はその「僕のエイリアス」を僕自身であると誤認して,それからを過ごしてきた.その「誤認」は非常に愉快だった.できることなら,いつまでもだまされていたかった.
だけれども,そのことに僕は気づいてしまった.「誤りであったことに気づいてしまった」.以前なら逃げ道は用意されていた.何度もここで書いた話だ.わざわざ繰り返す必要はないだろう.
だけれども,僕には,既にその逃げ道がなくなってしまっている.そのことはだんだんとわかってきていた.
だからこそ,レスポンスがなくても,「さて」と独り言を口にしなくてはならないのだ.
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