一日17時間労働を4日間続けていたら,コンタクトレンズを使っていたときのように目が真っ赤になっていた.やれやれ,と思いながらビールを飲んで寝た.
大人買いした漫画がおもしろい.いずれここに書く予定.
「八月の路上に捨てる」も入手したのだけれども,読む気力がない.
眠い.
2006/08/23
2006/08/21
さよならありがと
ミサワホームのCMだったと思うのだけれども,一青窈の曲が使用されていて,なかなかいいと思われたので,収録されているアルバムを購入.で,その時にやっとタイトルが判明した.「さよならありがと」という曲だった.……歌詞的にはCMの使用曲としてはどうかと思われるけど,なんとなく世界観が共通しているような気もする.意味がとりづらい詞ではあるものの,言葉の使い方が美しい.どこかのブログの人が詞の解題をやっていて,なるほどなぁと思った.
それとは全く関係なく,本日は3回出勤.で,その合間にN谷君に借りた「SAW」を視聴.これからビールでも飲みつつ「SAW2」を観る予定.
それとは全く関係なく,本日は3回出勤.で,その合間にN谷君に借りた「SAW」を視聴.これからビールでも飲みつつ「SAW2」を観る予定.
2006/08/18
さて……
・せこい更新のやりかたを繰り返しながら,毎日更新をねらっていたのだけれども,休日→出勤の狭間で途絶えてしまった.その翌日は,W山氏と飯を食いに行ったら,ハッピィな話の断片を聞かされて,その詳細を明らかにするために,飲みにいって,帰宅即就寝,なんてことをやってしまった.
・実験をやりながら,今日のエントリでiTunesの良くないところをいくつか羅列しようということを考えていた.とはいえ,最大の問題点である“重い”という事柄が解決すれば良いということに気づいて,考える気がなくなった.それ以外で思いついたことを書くならば,気軽にプレイリストをつくりにくいこととか(どうしてもWinampライクに使いたくなってしまう),特定の曲しか聴かなくなってしまうこと(まあ,コンピュータで音楽を聴く場合,どうしてもこういう傾向はでてくるんだろうけれども→スマートプレイリストで対応可能?,でも重いのでやる気がしない)だろうか.あと,今思いついた今後の改善案として,1曲選ぶと,自動的に“おすすめ曲リスト”が生成される機能なんてものを考えた.これに類似したことをやろうとしてるのが,ソニーのソフト(名称の変更がありすぎてもうわからなくなった)なんだろう.まあ,いずれにしてもさらに重くなりそうなんで,それを解決してからということにして欲しいけど.
・内臓脂肪が増えてきたように思う.喫煙量と内臓脂肪量の増加に相関があるとかいう話を聞いたけど,本当だろうか.(……まだ,ここで書いたこと無かったかもしれないけれど,一応僕の専門分野は脂肪細胞がらみです)
・実験をやりながら,今日のエントリでiTunesの良くないところをいくつか羅列しようということを考えていた.とはいえ,最大の問題点である“重い”という事柄が解決すれば良いということに気づいて,考える気がなくなった.それ以外で思いついたことを書くならば,気軽にプレイリストをつくりにくいこととか(どうしてもWinampライクに使いたくなってしまう),特定の曲しか聴かなくなってしまうこと(まあ,コンピュータで音楽を聴く場合,どうしてもこういう傾向はでてくるんだろうけれども→スマートプレイリストで対応可能?,でも重いのでやる気がしない)だろうか.あと,今思いついた今後の改善案として,1曲選ぶと,自動的に“おすすめ曲リスト”が生成される機能なんてものを考えた.これに類似したことをやろうとしてるのが,ソニーのソフト(名称の変更がありすぎてもうわからなくなった)なんだろう.まあ,いずれにしてもさらに重くなりそうなんで,それを解決してからということにして欲しいけど.
・内臓脂肪が増えてきたように思う.喫煙量と内臓脂肪量の増加に相関があるとかいう話を聞いたけど,本当だろうか.(……まだ,ここで書いたこと無かったかもしれないけれど,一応僕の専門分野は脂肪細胞がらみです)
2006/08/14
2006/08/13
2006/08/12
半年ぶりくらいに実家。
・ここにたどりつくためにブログのタイトルを検索したら、全く同一タイトルのブログが存在することが明らかになった。しかもおそらくはそちらのほうが先発だし、ページランクも上。一応検索かけて競合するタイトルがないことを確認したんだけどなぁ……。まあ、いいかクレームがついたら変えればいいか。こちらはひっそりとやっていきます。
・さっき体重をはかってみたら、想定プラス5 kgくらいだった。やれやれ。ビールばかり飲んでるからか。こんなふうにしてひとつひとつ何かをあきらめて、取りこぼしながら大人になっていくのか。などと青臭いことを思った。
・汽車の中で花村まんげつの「ブルース」を読んでいた。なかなか、よい。
・寝る。
・さっき体重をはかってみたら、想定プラス5 kgくらいだった。やれやれ。ビールばかり飲んでるからか。こんなふうにしてひとつひとつ何かをあきらめて、取りこぼしながら大人になっていくのか。などと青臭いことを思った。
・汽車の中で花村まんげつの「ブルース」を読んでいた。なかなか、よい。
・寝る。
2006/08/10
美しい顔は推薦状で
“美しい顔は推薦状で美しい心は信頼状だ”
誰の言葉だったかは忘れた.ずっと以前にも“美しい顔”とはどういうものなのかということについて書いたように思う.その主旨は,人間の顔を平均化した“平均顔”を美しいと感じる人が多いというもの.で,その“主旨”というのは,何らかの研究成果をもとにした雑誌の記事だった.この現象は,子孫を残すためには相手は平均的であった方が良いという考え方で説明されていたのだけれども,個人個人で“美しい”と感じる顔に差異がある(好みが生じる,あるいは存在する)という問題があった.
今週のネイチャーに,類人猿はこれまでに記憶している顔の平均像をもっておいて,それとの相違点から各人(?)の顔を判別しているという論文が掲載されたらしい.という報告を読んで,前述の平均顔に恋する人が多いという“平均顔理論”を思い出した.今回の報告はこの理論の問題点の解決できるのではないだろうか.
すなわち,我々は誰もが毎日いろんな人間と顔をつきあわせている.だいたいにおいて人間関係は特定の傾向をもつようになるので,各人において形成される“平均顔”は経年的に差異を蓄積する.その結果として,“好み”が生じると考えても差し支えないように思われる.さらに,その“好み”を平均化したものが民族の“平均顔”となるわけで,それに近い顔をもつ人こそが“一般的な”美人,あるいは美男子(これらの用語って対として用いていいんだろうか.字面だけとらえれば美“人”っていうのは男も女も含んでいるように思われるんだけれども.……あ,対を成すのは“美男”と“美女”か)といえるのではなかろうか.
なんてことを1分くらい考えた.
誰の言葉だったかは忘れた.ずっと以前にも“美しい顔”とはどういうものなのかということについて書いたように思う.その主旨は,人間の顔を平均化した“平均顔”を美しいと感じる人が多いというもの.で,その“主旨”というのは,何らかの研究成果をもとにした雑誌の記事だった.この現象は,子孫を残すためには相手は平均的であった方が良いという考え方で説明されていたのだけれども,個人個人で“美しい”と感じる顔に差異がある(好みが生じる,あるいは存在する)という問題があった.
今週のネイチャーに,類人猿はこれまでに記憶している顔の平均像をもっておいて,それとの相違点から各人(?)の顔を判別しているという論文が掲載されたらしい.という報告を読んで,前述の平均顔に恋する人が多いという“平均顔理論”を思い出した.今回の報告はこの理論の問題点の解決できるのではないだろうか.
すなわち,我々は誰もが毎日いろんな人間と顔をつきあわせている.だいたいにおいて人間関係は特定の傾向をもつようになるので,各人において形成される“平均顔”は経年的に差異を蓄積する.その結果として,“好み”が生じると考えても差し支えないように思われる.さらに,その“好み”を平均化したものが民族の“平均顔”となるわけで,それに近い顔をもつ人こそが“一般的な”美人,あるいは美男子(これらの用語って対として用いていいんだろうか.字面だけとらえれば美“人”っていうのは男も女も含んでいるように思われるんだけれども.……あ,対を成すのは“美男”と“美女”か)といえるのではなかろうか.
なんてことを1分くらい考えた.
2006/08/08
2006/08/07
スウィングガールズ
いまさらかよという感じだけれども,この間テレビでやっていたので録画しておいた.で,観た.非常に良かった.
まあ,譜面も読めない状態から,あの程度の期間でまともな演奏ができるとはとても思えないであるとか,そういった細かい点はおいておくとして,まとまりとバランス感覚がすばらしい.普通なら,もう少し長めに時間を割くと思われるエピソードをたたみかけるように挿入しつづけて,それでいて破綻無く最後の場面につながっている.(テレビ用なんだろうけれど)短めのエンドロールを眺めながら,また音楽をやりたいなぁ,なんてことを感じた.
で,なんで僕はやめてしまったのかということについて,2分くらい考えてみた.飽きっぽい性格もあるように思うものの,結局はあの体育会系の雰囲気がいやだったのだ.僕は男だから,部活内の厳密な上下関係からは割と離れたところにいられた.それでも,見るに堪えないものがあった.
あれから,できるだけそういうものからは距離をおいてきた.だけれども,社会生活を送る上で完全に離れることはできなくて,現在も体育会系な雰囲気のなかに身を置いている.大学生ともなれば1年2年の差なんてたいしたことないだろうに,なんとかならないものかねぇ…….などと,余計なことに考えが至ったので寝ることにする.
まあ,譜面も読めない状態から,あの程度の期間でまともな演奏ができるとはとても思えないであるとか,そういった細かい点はおいておくとして,まとまりとバランス感覚がすばらしい.普通なら,もう少し長めに時間を割くと思われるエピソードをたたみかけるように挿入しつづけて,それでいて破綻無く最後の場面につながっている.(テレビ用なんだろうけれど)短めのエンドロールを眺めながら,また音楽をやりたいなぁ,なんてことを感じた.
で,なんで僕はやめてしまったのかということについて,2分くらい考えてみた.飽きっぽい性格もあるように思うものの,結局はあの体育会系の雰囲気がいやだったのだ.僕は男だから,部活内の厳密な上下関係からは割と離れたところにいられた.それでも,見るに堪えないものがあった.
あれから,できるだけそういうものからは距離をおいてきた.だけれども,社会生活を送る上で完全に離れることはできなくて,現在も体育会系な雰囲気のなかに身を置いている.大学生ともなれば1年2年の差なんてたいしたことないだろうに,なんとかならないものかねぇ…….などと,余計なことに考えが至ったので寝ることにする.
2006/08/06
世田谷一家殺人事件
“朽ちていく真実”
警察側からこの本の内容はフィクションであるとする発表があったほどのベストセラーとなった.数年前の年末に起きた凄惨な殺人事件の真相を追った(著者の主張によれば)ルポルタージュである.
僕としてもこの事件には関心をを持っていた.まず,報道があったときの衝撃が大きかった.神戸の事件の犯人が発表されたときに匹敵するインパクトだったと思う.陳腐な表現だけれども“背筋が寒くなった”.そして,その後のいっこうに進まない捜査の展開を見聞きするにつけ,いずれこの事件のことも忘れ去られていくのだろうなと考えたことを覚えている.しかし,この本が“売れた”ということは,社会の関心もそれほど失われてしまったというわけではないということなのだろうか.
内容については各自で判断するということにして,社会においてこの事件に対する記憶を新たにする役割はあったのではないか.
(個人的には,ああ,やっぱりな,という印象.しかし,なんとかならないものなんだろうか.近くて遠い国)
警察側からこの本の内容はフィクションであるとする発表があったほどのベストセラーとなった.数年前の年末に起きた凄惨な殺人事件の真相を追った(著者の主張によれば)ルポルタージュである.
僕としてもこの事件には関心をを持っていた.まず,報道があったときの衝撃が大きかった.神戸の事件の犯人が発表されたときに匹敵するインパクトだったと思う.陳腐な表現だけれども“背筋が寒くなった”.そして,その後のいっこうに進まない捜査の展開を見聞きするにつけ,いずれこの事件のことも忘れ去られていくのだろうなと考えたことを覚えている.しかし,この本が“売れた”ということは,社会の関心もそれほど失われてしまったというわけではないということなのだろうか.
内容については各自で判断するということにして,社会においてこの事件に対する記憶を新たにする役割はあったのではないか.
(個人的には,ああ,やっぱりな,という印象.しかし,なんとかならないものなんだろうか.近くて遠い国)
2006/08/04
life in the backyard (3)
>いろんな考え方があり,いろんな行動の仕方がある.
それでいいと思う.ここは自由主義を標榜する法治国家なのだから.
>だけれども,この世の中には正しいことなど存在しない.
でも,だからこそ真相など存在し得ないし,本当に正しい唯一の王道も人間の関係性という観点からみれば,あるはずがない.どんな主張にだって,何種類もの反論を思いつくことができる.考えることができる.我々は人間なんだから.ただし,その反駁を表面化させるか否か(あるいはさせる“べき”か否か)というリアクションについていえば,個人個人のセンスを反映するものになるように思われる.
最近の我々は,裏の裏を読んで自分の本質は隠しながら,他者の内面に肉薄しようとする.では,それができることが上等なことなのか.たとえ外面だけでも,できるだけ多くの他者と衝突が無いように装うこと(たとえば森は著作のなかで“エイリアスをかぶせる”と表現している)こそが下品ではない人間関係のあり方なのではないか.
それとも,そういった考え方は社会に対する甘えであって,それに対して僕が違和感を感じ始めたのは,モラトリアムの終わりが近づいているからというだけなんだろうか.
(と,書いてみて同じことを何回も書いているような気がしてきた.まあ,いいか.ちなみに今日もビールを飲んでいる)
それでいいと思う.ここは自由主義を標榜する法治国家なのだから.
>だけれども,この世の中には正しいことなど存在しない.
でも,だからこそ真相など存在し得ないし,本当に正しい唯一の王道も人間の関係性という観点からみれば,あるはずがない.どんな主張にだって,何種類もの反論を思いつくことができる.考えることができる.我々は人間なんだから.ただし,その反駁を表面化させるか否か(あるいはさせる“べき”か否か)というリアクションについていえば,個人個人のセンスを反映するものになるように思われる.
最近の我々は,裏の裏を読んで自分の本質は隠しながら,他者の内面に肉薄しようとする.では,それができることが上等なことなのか.たとえ外面だけでも,できるだけ多くの他者と衝突が無いように装うこと(たとえば森は著作のなかで“エイリアスをかぶせる”と表現している)こそが下品ではない人間関係のあり方なのではないか.
それとも,そういった考え方は社会に対する甘えであって,それに対して僕が違和感を感じ始めたのは,モラトリアムの終わりが近づいているからというだけなんだろうか.
(と,書いてみて同じことを何回も書いているような気がしてきた.まあ,いいか.ちなみに今日もビールを飲んでいる)
2006/08/01
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