2004/09/29

“一瞬の光”

僕がはじめて本多孝好の作品(たしか、「眠りの海」だったと思う)を読んだ時に思ったことは、“うまいなぁ”という感想だった.それは,“久々によい小説を読むことができた”という喜びと,“小説を読むことの楽しさ”を再確認する契機となった.(し,そう,ここにも書きのこしたように思う)

 本多に連なる一連の傾向のよく似た小説のルーツをたどる意味で,村上春樹の初期三部作を読んだときには,“ああ,こういうものなのか”といった納得のようなものを感じたように思う.いずれにしろ,本多の作品から,感じたのとは違う思いがあった.

 白石一文の作品との出会いはあまりいいものではなかった.さんざん話題になった後,「僕のなかの壊れていない部分」を“そうとう苦労して”読んで,それ以来手をつけていなかった.それから,しばらくたって“白石の最高傑作は「草にすわる」であろう”という意見を聞いて,それを読んでみた.非常によかった.決して前者が悪い作品だというわけではない.おそらくは,僕がそれを読んだ時期が悪かったのだろう.あるいは,作品の流れがそのときの僕と一致しなかったためかもしれない.だけれども,「草にすわる」を読んで,白石は“積極的に読みたい作家”のひとりになった.

 その,“積極的に読みたい”という欲求が不意に高まって,おととい,白石の処女作である「一瞬の光」を読んだ.“これが読みたかったのだ”と思った.期待と内容が一致したといえばいいのだろうか.内容をここに書く余裕はないけれど,とにかく,そう思ったということを記録しておきたかった.

2004/09/26

2(3)

どんな集団であろうと,その中には悪意が存在し(あるいは悪意をもった者が“含まれ”ていて),状況によってその悪意は狂気を育てるというのが,その考えの要旨なのだけれども,やはり,それは間違っていなかったと確信した.ただし,悪意が悪意であるのは,あくまで観察者(あるいは“僕”)の方からみた場合の“悪意”であって,客観的に見れば“どちらが悪意であるのか”は判断できない.

 あるいは,その“悪意”は,我々の未熟な“インタラクション”が招くものなのかもしれない.“全てを語っていいわけではない”.だけれども,それと同時に“思いは口に出さなければ伝わらない”.さらに,“受け取る側は均一ではなく,同時に変化し続けている”.考慮されるべきファクタは膨大だ.数式にあらわすのはかなり難しいだろう.

 この社会のなかで“正しい”ことなどひとつも無い.あるいは,正しい答えをひとつだけに絞ることなどできない.ある人は,その“正しさ”とは“常識”であると僕に言った.だけれども,“常識”すら,場所によって,文化によって,時代によって変化していく.

 だから,僕は普段の生活の中で,特に他人に対しては“正しさ”を要求することをしない.いや,“だから”ではなく,他人とインタラクトすることを恐れているだけかもしれない.

 時に許せないほど“正しくない”他人に出会うことがある.そのたびに煙草の本数は増え,ウイスキィの空瓶が増える.健康には良くないだろう.でも,僕にはそのくらいしかできないのだ.それに,モノゴトはなるようにしかならない.きっと,ここが行き止まりなのだ.

2(2)

この間,テレビで“es”という映画を見た.だいぶ前に話題になって,以前から見たいと思っていたので,期待を持って見,そして期待通りだった.こういったことはあまり無いことだけれど,たまにあると,非常にうれしいことだ.

 映画自体は,過去にアメリカで行われた心理学の実験を下敷きにしたものだ.それは,一般人(何を持って一般とするかというのは興味深いけれど,難しい問題だ)であっても,外部的に割り当てられた“役割”(そして,一般に社会の中で割り当てられる“役割”というのは“外部的に”割り当てられるものだ)によって,簡単に感化されてしまうということを示そうとして,途中で予想外のアクシデントが生じて中止された(と,理解している).そのアクシデント周辺を描いたのがこのドイツ映画だった.“ドイツ映画”というところが,また示唆に富んでるように思えるのだけど,とりあえずこの映画を見終わって考えたのは(何度かこの日記で書いてきた)“集団の中でインキュベートされる悪意”というものだった.

2

インタラクションという言葉に興味を持ちはじめたのはいつのことだったろうか.より狭義な言葉の使い方をするならば,その“はじまり”は学部の講義の中であったのだろうか.すなわち,アゴニストとアンタゴニストのあいだのインタラクション.この学部におけるだいたいの事柄は,この関係によって記述することができる.もう忘れてしまったけれども,教官(これも,今では“教員”と書かなくてはならなくなってしまった.時は矢のように過ぎ去っていく)の一人が講義のなかで繰り返しこの言葉を使っていたようにも思う/思い出される.

 ただ,僕が興味を抱いたのはそういった“狭義な”意味の取り方のほうではなくて,もっと“広義な”方の意味の方だ.国際関係.国と国とのかかわりかたから,人と人とのかかわりに至るまで,全ては“インタラクション”であり,もっと“非”有機的な事柄まで話を進めるなら,コンピュータや流行のMEMS技術なんてものにも,それはかかわってくる(インタネットなんて,“それ”そのものだ).

 何をするにしろ,一人,あるいはひとつではやり遂げることのできない物事を実行しようとするとき,必要になってくるのが,それであって,人間についていえば,生きていくという誰もが行っている行為にすらそれが求められてくる.本質的に我々は,“群れ”なければ生きていけない.それは,昔から今に至るまで変わらない“本質”であるように思われる.

 たとえば,休みの日に目が覚める直前・くだらない午後のテレビ番組を眺めている時なんかに,そんなことをふと考える.そして,“おそらくは,その必要からはどんなことをしても逃れることはできない”.必要あるのならば,どんなカタチであれ,ラクに,簡潔に済ませたいものだけれども,そう単純にもいかない.人間というものは,効率的に“出来上がっている”にもかかわらず,“インタラクション”という高次のインプット・アウトプット作業を行う場合には非効率で,のろまで,失敗ばかりするようにできている.これで“霊長類”などと名乗っているのだから,本当にワラえる.

2004/09/22

1(2)

思い返してみれば,僕がそういった一連のスキルを身につけたのは,高校時代から学部時代の半ばにかけてであったように思う.その過程は,あるいはその過程によって形成された「僕」は,これからの僕の行き方の方向性をほとんど不可逆的に規定してしまった.それを認識した上で,僕はその上に皮をかぶせて,「僕のエイリアス」をつくるずるさを身に着けることに成功した.

 成功したと思っていた.いや,僕はその「僕のエイリアス」を僕自身であると誤認して,それからを過ごしてきた.その「誤認」は非常に愉快だった.できることなら,いつまでもだまされていたかった.

 だけれども,そのことに僕は気づいてしまった.「誤りであったことに気づいてしまった」.以前なら逃げ道は用意されていた.何度もここで書いた話だ.わざわざ繰り返す必要はないだろう.

 だけれども,僕には,既にその逃げ道がなくなってしまっている.そのことはだんだんとわかってきていた.

 だからこそ,レスポンスがなくても,「さて」と独り言を口にしなくてはならないのだ.

1

「さて」などと声に出してみたところで,どんなレスポンスも返ってこないことを僕は知っている.さすがにそこまで馬鹿ではない.とはいえ,「誤っているとわかっていることを回避する」能力は僕には備わっていない.

 あれから6ヶ月が過ぎようとしている.そして,それは何度でも,おそらくは,何度でも僕の前を通過していく.

 あれから,ひとつのことだけを散々考え続けてきた.「一度損なわれてしまったものは二度ともとに戻ることはない」.村上(ドラゴンの方ではない.彼の文章はあまり好きではない)の影響だろうか.「損なわれる」という言い回しは彼の文章によく見られる.まあ,仮にそうだったところで,誰にも迷惑はかからないだろう.どうせ,どんな知識だって誰かからの受け売りなのだ.とにかく,僕が,僕自身がそのことを考えていたということがここでは(おそらくは僕だけにとって)重要なのだ.

 自分自身が「考えている」という状況に至った原因についてたどることも,好んでよくやったように思う.思考という状況ではなく,感情についてもそれは同じだろう.何らかの感情が生じる過程にあっても,やはりそこには思考が存在しているはずであって,その原因をたどることはわりと容易いことだった.

 それはつまり,僕という存在の底の浅さを露呈しているということかもしれない.だけれども,僕にあっては,感情の原因となる思考は,それの近くにあることが多くて,それを押しとどめたり,捻じ曲げたりすることは簡単だった.あるいは,簡単なことが多かった.あるいは,「簡単になってきた」.

 二度と元に戻ることのな損なわれてしまった時間を過ごしていく上で,それは重要なことだった.生きていくうえで,換言すれば,他人とインタラクトしなければならない状況にあって,それは「僕にとって」必要なスキルだった.

2004/09/19

(例によって文字数制限に引っかかったので続き)

・と,そのYザキさんが新しいコンピュータを買っていて,それに関しての話の中で,“やっぱりATOKの方がいい”と言っていた.切実に,ATOKがほしい.MSIMEを使っているとレスポンスの悪い人間と話しているかのようなストレスを感じる.(僕自身は決してレスポンスのよい人間ではないけれど)

・焼酎をサンクスで買ってきた.サントリーの“それから”という600円くらいのもの.飲みやすくて非常によかった.もうひとつ良い点はウイスキーと違って飲んでいても煙草を吸いたくならないところ.

・結局ボウリング・フォー・コロンバインはラスト30分くらいしか見られなかったのだけど,それと,おとといあった“セクハラ・アカハラ”についての講義をあわせて,最近の“権利ばかり主張しすぎる傾向”について考えてしまった/考えている.

ボ“ウ”リング・フォー・トクシマ

・相変わらず,実験・食事・実験・食事・実験・酒・寝るの繰り返し.その間にイレギュラに飲み会とか掃除とか洗濯とかソフトボールとかソフトボールとかソフトボールが入ってくる.

・ということで,明日は朝からソフトボール.研究室対抗らしい.

・連休?,いや,休んでないんですけど.

・だいぶ前の話なんだけれど,ノーマルなAg+を使い切ったので,今度はオレンジシトラスとかいうものに変えてみた.これが,トイレの消臭剤のようなニオイなのだ.まあ,そんなにしつこく残るわけじゃないし,安い買い物ではなかったから,そのまま使い続けているけれど.

・Yザキさんから借りていた「火の鳥」をやっと読了.“未来編”は前々からうわさを聞いていて読みたかった.まあ,これについてはうわさどおりだったということもあって,“ああそうですか”という感じ.それに,それ以外にも“未来編”と銘打つべきだろうと思えるものが多かった.むしろ,よかったものとしては,それらの“それ以外の”未来編が多かった.たとえば“生命編”などは,このシリーズを通して手塚が言いたかったことをダイレクトにあらわしているのではないかと思う.
 そして,“太陽編”.“何が太陽なんだよ”と書こうとして,“ああ,なるほど”と思い至った.もう僕は遠く昔に興味を失ってしまった日本の初期についての歴史に絡めた話で,非常に多くのファクタが絡み合った味わい深い作品だった.とはいえ,物語として面白くないというわけではなく,手塚という作家の実力を感じる.“日本の初期”といえば,(確かそうだったと思うのだけれども)明治期とならんで,日本人と宗教というもののかかわりが深かった時期であって,当然のことながら宗教もテーマのひとつになってくる.
 僕は常々“宗教とは人類最悪の発明だ”と思っているし,何回かここでも書いてきた.この事に関して,作中では“宗教に罪があるのではなく,それを運用する人間の側に罪があるのだ”と語られている.“でも宗教や神をつくったのは人間なんじゃないの”と思いながらも興味深く読ませてもらった.早くYザキさんに返しに行かないといけない.

2004/09/15

あー

・“ボーリング・フォー・コロンバイン”じゃなくて,“ボウリング・フォー・コロンバイン”なのか……(明日放送らしい).

・いつの間にか黒澤の“生きる”がDVDになっていた.ほしいけど,高い.

・“生きる”がハリウッドでリメイクらしい.ちょっと興味がある.

・つかれた.

2004/09/14

しかし,

ロシアの件など考えるにつけ,宗教ってのは罪作りな概念だなぁ,という感想が浮かんでくる.

 どの宗教が優れていて,どれが劣っているとかいうことはいいたくないし,いえないと思うけれども,本来“我々が毎日を平穏に暮らすために”あるはずの宗教が戦争や紛争の火種になっているというのは,どういうことなんだろうか.

 仮に,本当に神なんて存在があるのだとしたら,こんな状況を放っておくだろうか.もちろん“これは神が我々を試すために課した試練なのだ”なんて屁理屈も昔から言われてきた.

 それは,すなわち“昔から,我々は争いを続けてきた”ということを言ってるだけで,宗教や神の存在を否定することにしかならないのではないだろうか.

 いや,きっと“罪”は宗教にあるのではない,“いいわけとしての宗教を創りだした我々”にあるのだ.

 宗教は本来“生きることに対する恐怖を回避するためのストーリー”であるべきものだ.つまり,我々は,我々をだますために“我々の”宗教と神を創りだしたわけだ.それは“我々が創りだしたもの”であるからこそ,不完全であり,不調和であった.つまりは(広い意味での)民族ごとの価値観がそれに反映されることになった.

 つまり,今に至るまで宗教に付随して起こった争いは,我々が価値観を認め合えなかったことにあるのだ.

 ……なんて,結局平凡な意見に帰着してしまうようなことをグダグダと考えた(書きながら考えた.なんて不毛なんだろう).

2004/09/12

“読書三昧”のリアレンジメントも考えているんだけど……

なかなかまとまった時間と気力がなくて,読み散らかしただけの本がかなりたまっている.

・金閣寺:三島由紀夫
 それほど訴えかけてくるものがなかったように思う.よく“三島の文章は端正である”といった言われ方をしているのを目にするけど,(というより,そういった意見をよく聞くのでこれを読んでみたのだけど),特に,積極的に“そう”は思わなかった.文章のスタイリッシュさという意味では,やはり夏目を超えるものはいない(あくまで僕の中で).

・ねじまき鳥クロニクル(その1);村上春樹
 yondaのキャンペーンのためもあって読んだ.とはいえ,前半は短編を下敷きにしてるんで復習といった感じ.とりあえず,続きが気になる.

・火の鳥:手塚治虫
 5巻くらいまで読んだ.

・アフターダーク:村上春樹
 “新趣向”なんだろうけど,どうも今ひとつだった.そういうのが村上なんだろうけど,話が進まない(決してスムースに話が流れていかないというわけではない)ところに不完全燃焼を感じる.まあ,それが“アフターダーク”ってことなのかもしれないけど.

・Φは壊れたね:森博嗣
 今週の餌.“四季”は夏以降読んでないんだけどなぁ…….

2004/09/10

吐き出した言葉は
いずれ
自分に跳ね返る

2004/09/09

デートスポットをめぐる冒険2

 ムダに心地よい風を受けながら(暴風を心地よいと感じるのは僕がコドモだからだろうか.それともオトコだからだろうか),“道”を進んでいくと,人々が“半笑い”な原因が少しずつ見えてきた.というより,我々も“半笑い”になっていた.

 “道”を行くにつれ,風・高所・下が見えること・しかも下が海,といったファクタが絡み合ってどこからくるのかわからない本能的な興奮が湧き上がってくるのだ.

 この時点で,この施設は“アリ”だと思った.たとえ渦が見られなくても,これは“面白い体験だ”.だいたい渦なんて,T島新聞ニュースのイントロで程度のいいものが見られるわけだし,一番渦ができやすい時間ではなくても,適当な感じの渦はできているのだ.

 で,そういった自分の内面の興奮から,ふと我に帰ってみると,気づくのはカップルの多さ.しかも,入場料という制限がかかっているせいか,いわゆる“よさげな”カップルばかりなのだ.普段道をあるいていて,そういったカップルを見かけた場合は,“それ以外”が多いので,ほほえましく思えることが多いのだけれど,これだけ多いとさすがに鼻につく.まあ,どっかいけよなんてことは思わないにしても,僕のような人間が来るところではないなぁ,なんてことを考えてしまう.

 つまり,そこは,風と高所(と,あと名目上は渦と)をテーマとしたアトラクションであると同時にデートスポットでもあったわけだ.

 といった感じで僕の週末は過ぎていった.

 という程度のことを書くのに木曜日までかかっている僕はどうなんだろうか.

デートスポットをめぐる冒険

 ということで,盗まれた自転車のピックが終了した後,W山氏と合流して,N門市へ向かった.前々からその存在は聞いていたものの,“おもしろみ”というものを見出せなかったために行っていなかった“渦の道”という施設を見学しにいくことになったわけだ.

 時間的には“渦”が発生するまでにはまだ間があったのだけれど,とりあえず入場(この入場料もT政氏におごってもらった.ありがとうございました).

 ちなみに,この施設,四国と本土をつなぐ橋の四国側の“本来は(瀬戸大橋のように)電車を通すはずだった場所”に造られている(W山氏,談).つまり,橋の下にくっつくカタチで存在していて,そこから海を見下ろす格好になっているわけだ.この“電車を通すはずだった場所”にこんな施設を造らざるを得なかったのは,“途中にある「島」の問題とかさまざまな利権が絡み合っている(同,W山氏)”ためらしい.

 入り口には,改札口のようなものがあって,ちょうど空港の搭乗手続きのように係員がチケットを通してくれる(この辺の人件費はムダな気がしたけど,よく考えるとその仕事は“片手間”な仕事なのかもしれないと後になって思った).その辺までは,だいたい想像どおりだったのだけれど,いざ“道”に踏み込んでみると,そこは奇妙な雰囲気に満ちていた.

 まず,海からの風.予想以上に強くて,意外に潮のニオイはしなかった.そして,なぜかすれ違う人々はみんな半笑い.

(文字数制限を越えてしまったので,次に続く)

2004/09/05

盗まれた自転車をめぐる冒険

 セミナーまで,1時間を切った朝,警察からの電話.
 カタチどおりに(なのか知らないけれど),フルネームで名前を確認されて,さあ,出頭しろといってくるのかと考えていると,自転車を所有されていますか,という話に.“ええ,そりゃ持ってますけど”と答えると,あなたの自転車が住吉(かなり海の方だ)のある人の私有地に放置されているとのこと.“ああ,それは盗まれたやつじゃないですか?”というと,“盗難届けは?”と聞かれた.面倒なので,そんなもの出してない.

 結局,日曜日(今日)回収しに行くことに.

 話は戻って,電話の1時間後,セミナーは始まって,6時間後に終わった.終わって机を片付けたらそのまま帰宅.T政氏がこちらに来るとのことで以前から予定が入っていた.W山氏の運転で食事へ.ごちそうさまでした.

 カラオケ経由で帰宅し,アルコール入りで愚痴トークの後就寝.

 翌日,日曜日.盗まれた自転車を回収に向かう.警察が指定してきた時間は“昼過ぎ”.巽屋というラーメン屋で朝食兼昼食をとって(やはり僕の中でT島ラーメンのベストは“今は無き”庄軒だ),交番に乗り込んだ.

 と,調書を取られることもなく,すんなり回収地点を指示されて解放.正直拍子抜けしたけれど,あまり長くいたい場所ではないので,素直に回収に向かう.そして,さらにあっけなく,件の自転車に再会.僕が付け替えたグリップ(そもそも付け替えたのは,デフォルトのものの接着が悪くて何度も死にかけたからだ)とか,どこかのバカに盗まれたライトの“とりつけ部品”とか,壊れかけのブレーキだとかを見てるうちに,“そのころ”のもろもろの感情が戻って来て,非常に,非 常 に 腹がたった.

 パンクした自転車をとりあえず蒸散島キャンパスに置いて……,続きは疲れたのでまた次回ということで(その“パンクした”自転車を下宿まで転がしてくるのがまた大変だった).

2004/09/01

えー

・セミナー接近中.

・いろいろと読みたい本が出版されつつある.

・台風はひどかった.(台風の中を出歩いたのは久しぶりだった)

・新iMacはどうなんだろう.

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