で,その単行本.副題は“奇跡の年1953年”.話はワトソンとクリックが1953年に“発見”したDNAの二重らせん構造を巡る研究レースからはじまり,今世紀初頭のヒトゲノム解読にいたる生命科学の歴史をたどるというもの.著者の恩師であり,この1953年からはじまったモレキュラーバイオロジィという学問の大部分に携わってきたクルーグ博士の回顧録といってもいいかもしれない.純粋な趣味の本としても興味深いけれども,研究者というものはどうあるべきであるか,あるいは生命科学のはじまりにおいて第一線の研究者はどうあったのかという点でも読むところの多い本だった.
特に印象に残るのが,上巻の最終章である“人生をかけた研究”.“冒険し挑戦する心を失ったとき,人は研究者であることをやめる.その長く辛い日々を乗り切るためには,一瞬で消えることない情熱を持ち,ブタを友として,前を見続けること”.“研究者は自らの評判や生活,何より人生をかけなければならない”.
僕は何を目指すのだろうか,今は学位を取得することだけを考えている.Yザキさんは“それではだめだ”という.それは“おもしろくない”と.I田先生は“フィロソフィーを持て”と仰った.学位論文は単なるそれまでの論文の寄せ集めではだめであって,著者の哲学が感じられなければならないという.Ph.Dにはそれだけの重みが必要だということだろう.
研究は,目的なのだろうか.それとも手段なのだろうか.“自らの評判や生活”のために,“セーフ・サイエンス”をやる者にとっては,それは手段でしかないだろう.そして,彼らの目標は,マネージャやフライングサイエンティストになることだろう(著者がイギリスを離れて日本で研究室をもつことになったとき,こうはなるなと告げられたという).
僕は,今スタート地点に立つために毎日仕事をしている.途中経過やゴール地点は見えないけれど,すべてが終わったときにこう思えればいいかという目標はある.僕のいる分野の大家が(日本ではとっくに退官の年齢を過ぎて)いった言葉“生涯を研究にささげてきましたが,本当に楽しかった.これからも資金が続く限り研究をつづけていきたい”.
(ま,かなり厳しいかとは思いますが,やれるとこまでやってみることにする.“旗はおろさざるを得なくなるまでは掲げておけ”)