大学で半日ディスカッションとデータ加工をやってきた.コンピュータを教員室に持ち込んでひたすら作業と軌道修正の繰り返しで,先生とも“客観的にみるとこれってかなりおかしな状況ですよね”なんてことを言い合いながら,気づけば0時前になっていた.通常であれば一週間程度かかる作業を詰め込んでやったのでかなり消耗したものの,これで懸案事項が滞りなく進む予定.まあ,たぶん進まないんだろうけど.
で,その後アンフェアな案件を進展させるべく行動を開始したものの,途中で重い別案件が割り込みをかけてきて微妙な展開になってしまって,失意の中高松まで移動.その後もしばらく眠れず,明け方就寝.
僕は精神的に強い方ではないと思っているし,それはたぶん客観的にみても間違っていないだろうと考えられるんだけれども,年齢を重ねるにしたがって,いくつか対処法を見つけることができてきたように思う.その結果として,ようやくなんとか人並み(なのか?本当に)に生きていくことができている.その手法を構築するまでに,おそらく十年近くを費やしている(個人的な失われた十年はこの十年だろうと思うけれども,今生きていることができているのはこの十年があったからだとも思う).
おそらく,そんな十年を過ごさなくても,うまく生きていくためのすべを身につけることはできるんだろうと思う.それは先天的に身につけている場合もあるだろうし,僕よりもより要領よくなんらかの手法を見出すことができたという場合もあるだろうと思う.だけれども,僕からみてうまくいっていると感じる人格が,かならずしもうまく世の中をわたっていける技術を身につけているとは限らないのだということをいうことが,ようやく理解できた.やはり,特定の人格を深く理解するためには,先入観を出来る限り排除するべきである.それは,わかっていたつもりだったのだけれども,なかなか客観的に物事をみるということは難しい.ただ,難しいとはいえ,自分が“いずれだれかを取り返しがつかないほど深く損なってしまう”可能性を頭において行動しなければならないのだということを自戒の意味を込めて記述しておきたい.
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