いや,ひとりだろう.いつまでも.
我々はいつも間違いを犯す.それが悪いことだと判っていながらやってしまうこともある.もうこんな間違いをしない,と考えていても,何回も同じミスをしてしまうことがある.
もちろん,そうでない人間もいる.はじめからうまくいく人間もいるし,そうでない人間もいるということだ.それはつまり,この世は平等なんかじゃないという当たり前のことを示しているだけだ.
それでは,仮に自分が“はじめからうまくいく人間”であったとして,そうでない人間をさげすんだり,批判したりすることは正しいことだろうか.本当に正しいこともまた,この世の中にはないとしても,いわゆる社会一般のコンセンサスが得られている,いわば“総意”とでもいうべきもの(これすらマスコミがつくっているという指摘/考え方もあるけど)にてらして“正しい”のだろうか.
僕は正しくないと考える.
国際関係に当てはめて考えれば,少なくとも現在の社会(いわゆるアメリカナイズされた正義が支配する社会)の中では“正しくない”とされている行為を行っていない/行ってこなかった国はそう多くないように思う.
であるならば,某国にはいい加減にしてほしい.自分の頭で考えることをすれば,自ずと答えは見えてこないだろうか.身内びいきがあるのは仕方ない.それでも,ここのところの反応は度を過ぎているように思われる.
今の状況は,かつて12歳の子供であると評された日本という国が,またひとつ年齢を重ねようとしている段階であると感じる.仮にも“大国”を自認する国家であるなら,ある程度寛容な目で子供を見つめるべきではないか.
これは自己正当化だろうか.
0 件のコメント:
コメントを投稿