草に座ってみたものの,特に何も感じなかった.大体“わたしのまちがいだった”なんてことは,普段から感じている.それは,おそらくは自分がどんな環境におかれたところで,僕の根底に“あり続ける”考えなのだろう.だからこそ,僕は「草にすわる」に共感したのだろう.
草に座ったところで,問題は解決しない.世の中は,そんなに単純ではない.
(前にも書いた気がするけれど)一度思い込んでしまったことを覆すのはなかなか難しい.一度現れてしまった感情は,たとえ,それが“表明”されていなかったとしても,自分の中で転がされ,消化されていくものであって,だんだんとその形を変えていく.その流れを,意思で,理性で,自分の思う方向に誘導することは,とても難しい.
だけれども,そうしようと,努力している.そして,それは悲しいことに少しずつ実を結びつつある.
K岡先生から,「坂の上の雲」を読むべきだと言われた.歴史ものはあまり好きではないのだけれど,本屋に行く機会があったら,目を通してみようかと思った.
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